チンパンジー言語訓練ブログ

このブログは私(チンパンジー)の言語訓練に用いられます。@chimp_liuwusi

フリーカルチャーの「フリー」って何?① ~表現の民主化へ~

(簡単な要点まとめはこちら)

 

私は今までさんざん「フリーカルチャー」だの、「オープンソース」だの「オープンイノベーション」だのという言葉を使ってきたが、その根底にある、私自身の思想を今まで語っていなかった気がしたためこの記事で説明しようかと思う。

 

私は、「フリーカルチャー」の「フリー」を追い求めている。

フリーカルチャー運動 - Wikipedia

「free」には、無料とか自由などの意味がある。そのため「無料のカルチャー」と読み違える人も多いが、それは正しくない。フリーカルチャーでのfreeは、自由の意味である。

ではその「自由」とは一体どんな自由か?それは、表現の自由(創造の自由)であると私は考えている。

しかし、多くの人が「表現の自由」と聞いて思い浮かべるものとは少し違う。

通常表現の自由と言えば、表現の内容が国家権力などに弾圧されない…的なものを思い浮かべると思う。

しかし、私の言う「表現の自由(創造の自由)」とは、「何にも邪魔をされずに、自分の想像したものを正確に現実世界へ映しこみ(創造し)、表現する自由」という意味である。「表現の自由」だとごちゃ混ぜになってややこしいので、私はこの自由を「創造の自由」と呼んでいる。

(多分読んだ人は「は?ドユコト?」と思っているだろう。我慢してもうちょっとだけ読んで欲しい。)

このままでは「表現の自由」と「創造の自由」の違いが分からないと思うので、例を挙げて少し詳しく説明する。

 

ロックンロールという音楽表現は自由と言えるだろうか?

ロックンロールでは何を歌ってもいい。この点は自由だ。

ある程度楽器の構成が決まってはいるものの、どの楽器を使っている、使っていないからロックじゃないという細かい取り決めは無い。この点もかなり自由だ。

さすがオルタナティブというジャンルが存在するだけはあって、ロックはかなり自由に見える。

しかし、私に言わせればロックは自由じゃない。では、どこが不自由か?

まず、ロックという表現を行うには楽器が必要だ。楽器を買うには金が必要である。つまり、楽器を買う金を持たない貧しい人はロックという表現を行う権利が無いという事だ。

楽器を演奏するには技術が必要である。技術を習得するには時間と才能と金が必要だ。つまり、楽器を練習する時間的余裕がない人や楽器を触って間もない人、楽器の才能が無い人、教室に通ったり教材を買う金が無い人に、ロックをする権利は無い。

ボーカルでも同じ事だ。才能の無い人に表現の権利(自分の想像を正確に現実へ映しこむ権利)はない。

分かっていただけただろうか?ロックで表現する内容は確かに自由だ。しかし、その「表現の自由」は誰にでも与えられるわけではない。選ばれた者、「創造の特権階級」に属する者だけが、ロックという手法で、「自由に表現」することができるのだ。

選ばれなかった者には、自分の想像するものを正確に現実世界へ映しこむ(創造する)権利は与えられない。この状態を私は『「表現の自由」はあっても、「創造の自由」はない』と言い表す。

 

もう一度、「創造の自由」を定義する。

「創造の自由」とは、

「何にも邪魔をされずに」:”金、時間、才能、技術、環境、あらゆるものの欠如、その他全てのもの”に邪魔されずに、

自分の想像したものを正確に現実世界へ映しこみ(創造し)、表現する自由である。

 

そして、私はこの「創造の自由」という意味での「フリー」を追い続けている。この思想は、「一億総クリエイター社会」や、「創造の特権階級を崩す」、「創造の民主化」という言葉を使えばわかりやすく表現できるかと思う。

(余談だが、私は「創造の民主化」という言葉をgoogleで検索し、同じような考えを持つ人があまりいない事にずっと落胆していたが、ふと思いついて「表現の民主化」で検索したところドンピシャでヒットし、最高にテンションが上がり、その勢いでこの記事を書いている。)

何というか、想像という実体の無いものを実態に映しこむ時にかかるコストを、できる限りゼロに近づけたいという感じだろうか。

 

この「創造の自由」を進めるためには、ツール(道具)というハード面と、引用や継承といったソフト面からのアプローチが必要となり、そのあたりが「フリーカルチャー」の運動と関わってくるのだが…ハード、ソフトうんぬんはまた次回にしよう。

 

(フリーカルチャーの「フリー」って何?② ~創造コストの削減~へ続きます)

 

(この記事に深く関わる私の過去の記事)

クリエイターは、もういらない ~お金の奴隷解放宣言(笑)騒動について~...だいたい同じ事を主張しているが、考えがまとまらずまだまだ未熟な状態だ。

 

想像/創造の余地について① ~魔法少女まどかマギカはなぜあそこまで盛り上がったか?~

想像/創造の余地について② ~けものフレンズが残した「余白と土壌」~

...「創造の自由」へ、ハード面からのアプローチを模索していた時期の記事。ハードからだけではなく、ソフトからのアプローチも重要と気づきはじめ、記事にする。

 

(最近キングコング西野氏関係記事のアクセスが伸びているが、あんな当たり前の事言っただけの記事じゃなくて、フリーカルチャー、オープンイノベーション関係の記事を読んで欲しいのだが...全然伸びない)

 

(このブログは私の言語訓練に用いられます)