チンパンジー言語訓練ブログ

このブログは私(チンパンジー)の言語訓練に用いられます。@chimp_liuwusi

「ENTP(討論者)」は当たっているのか?

前回、「INTP-T(論理学者)」は当たっているのか?の続きである。

 

f:id:liuwusi:20170607022320j:plain

 

この結果を見る限り、ENTP型にも少し近いらしいので、ENTPについても当たっているか読んでみようかと思う。

 

(以下太線部は“討論者”型の性格 (ENTP-A / ENTP-T) | 16Personalitiesからの引用である)

 

討論者型の人達は、究極の悪魔の代弁者で、議論や信条を木端微塵にして、その切れ端を皆の目に届くよう風になびかせるといった過程を生きがいにしています。

 

当たっていると思う。私の他の記事を読めば分かると思うが、「論」のステージにおいては、私はかなり好戦的な性格だ。

私の場合、自然科学、生物学、経済学の崇拝者であるため、モラルや人情など、感情的で不合理な不純物が相手の意見や論に混ざっているのを見るやいなや、すかさず合理や効率という武器で徹底的に叩きのめすという性癖がある。

 

より意志の強い他の計画型とは異なり、討論者型の人達がこうするのは、より深い目的や戦略的目標を達成するためではなく、単純に楽しむためなのです。討論者型の人達ほど、精神がぶつかり合う過程を楽しむ人はいません。討論者型の人達にとって、これは、楽々と機転を働かせながら、これまで培ってきた幅広い知識と異なる考え同士を繋ぎ合わせられる能力を活かして、自分の主張を証明する訓練ができるチャンスなのです。

 

当たっているような、いないような感じである。

私が行う議論には二種類ある(批判と相談)。

私は既存のシステムの中に非効率、不合理、改善点を探して指摘、批判するのがかなり好きなのだが、それを行っている時にはこれにとても当てはまっていて、感情論を理詰めで突き崩していくワクワクを私は心から楽しんでいる。

しかし、私の行う議論の全てがこのように破壊的というわけではなくて、建設的な議論もよくする。新しいアイデアを客観から評価してもらったり、別のアイデアと組み合わせることができないか相談する感じの議論である。これを行う際には、上に当てはまらない。

叩きのめすスイッチのオンオフがあるので、常時当てはまるわけではないが、オンの時はバッチリ当てはまる。

 

討論者型の人達の性質には奇妙な対比があります。頑として正直な一方、実際には信じていない物事を懇々と諭す一面があり、他人の跡を継いで、別の視点から真実を論じます。

悪魔の代弁者を演じることで、他人の論法を感じ取る力を養っているだけではなく、対立意見に対する理解力も身につけています ―これは討論者型の人達は議論する人種だからです。

この方策は、外交官が求める相互理解とは異なります。討論者型の人達は、あらゆる分析家同様、絶えず知識を探求していますが、知識を得る上で、あらゆる角度や側面から、考えを攻撃、弁護するよりも良い方法とは何でしょうか?

 

ボロカスに批判する一方で、対立意見への理解を深めようとする姿勢があるという意味だろうか?ちょっと日本語が難しい。

私の敵は基本的に非効率なので、対立意見の中に効率性を見出そうとすることはあるかもしれないが、非効率そのものについては理解しようとしない。

多分この部分は、討論者が感情的に論を振り回しているわけではなく、高度な客観性をちゃんと持ち合わせているんだよ~という注意書きなのだと思う。

 

討論者型の人達は、負け犬になることにある種の喜びを感じています。楽しく頭をフル回転させながら、一般的な考え方に疑問を投げかけ、自らがかけがえのない存在となって、既存のシステムを作り変えたり、物事を根底から覆して、巧妙で新しい方向へと導いたりします。しかし、自分が提案した物事の実施状況を日々管理しなければならなくなると、悲鳴を上げます。ブレーンストーミングをしたり、大きな視野で物事を考えたりするのは好きですが、「面倒な作業」をする羽目になることは是が非でも避けます。全人口のわずか約3%を占めていますが、討論者型の人達が根本的なアイデアを考案するのだけをした後で、より数多くいる綿密な性格タイプの人々が、その実施とメンテナンス作業をするには、ちょうどよい割合です。

 

思い当たる。INTPでも同じようなことが書いていった(システムの構築や改善は楽しいが、面倒な運用はやりたくない)。システムを提唱するだけしてポイしてしまうINTPやENTPの人は、この我慢弱い性格のせいで、かなりの金と名誉を我慢強いシステム運用者に譲り渡しているんじゃないかと思う。だが、金と名誉を犠牲にしてでも楽しくない事を避けるからこそ、連続犯的に新しいものを提唱できているという部分もあると思う。

 

討論者型の人達の議論能力は、厄介な存在にもなります。必要な場面で活かせることが多い反面、例えば会議中に人前で上司に向かって疑問をぶつけたり、重要な相手の人の一語一句に揚げ足を取ったりして、他人の気持ちを踏みにじって、無残にも失敗することもあります。また、頑固なまでの正直者で、遠回しな言葉を使わず、気配りができる、優しい人だと思われたいという気持ちがほとんどないために、状況はさらに複雑になります。同じような思考を持つ人とは、ある程度うまくやっていけますが、より繊細な人や社会一般の人々は、対立を嫌うことが多く、気持ちを優先に考え、心地良い雰囲気を好み、不快な真実や硬い良識に対して、罪のない嘘さえつきます。

 

さすがに揚げ足を取るってほどひどくはないが、ほとんど当てはまる。

正しい正しくないに目上も糞も無いと思っているし、「他人の気持ち」なぞは、「正しいということ」や「効率的であるということ」によって踏みにじっても全く問題ないと思っている。

そもそも、誰々からどのように思われたいという欲求がほとんどない。私にとってほとんどの人間は野菜も同然だ。野菜どもが私をどう思おうが、そんなことはどうでもいい。

生物学教徒の私にとって、効率的であること、環境に対して最適である、適応していることこそが正義なのであって、それを邪魔するもの、くだらない感情、気持ちなどは全て悪なのだ。

 

これに討論者型の人達は失望し、その口論好きな性格が災いして、時には気づかずに、他人の領域に土足で踏み込み、信念に疑問を投げかけたり、感情を無視したりして、後戻りできなくなることもあります。

 

私の場合、やりたい放題やっても意外と大丈夫だったりする。周りの人がいい人なのかもしれない。

 

やられたことはやり返し、甘やかされるのには耐えられず、人がとりわけ頼み事をする際に、遠回しな言い方をするのを嫌います。その視野や自信、知識、鋭いユーモアのセンスで一目置かれていますが、こうした能力を、より深い人間関係や恋愛においてうまく活かせないことが多いのです。

 

さすがにそこまでストイックじゃない。さっき言ったがオンオフは切り替えられるので、人間関係が云々は大丈夫だ。

私が効率を追い求めるのはそうすべき場所(ビジネスやシステム)だけであって、さすがに日常生活ではのんびりと暮らしているし、金が絡まなければある程度の非効率は受け入れる。少額でも絡むと目の色が変わるが。

 

討論者型の人達が生まれ持った才能を発揮できるまでには、大半の人よりも長い道のりがあります。持ち前の知的独立心や自由な視野により、責任者になったとき、または少なくとも耳を傾けてくれる責任者がいる場合、とてつもない力を発揮しますが、そこにたどり着くまでには、乗り越えなければならない困難があります。

 

権力を持てば上手く作動するが、歯車としては不良品だとでも言いたいのだろうか。

まあ確かにそうかなと思うところもあるが、正しいものを正しいと事を理解してもらうための努力、分かりやすく説明する努力を怠らなければ、困難はそこまで大きくないのかなとも思う。

正しいという事は何より大切だが、それに劣らず大切なことは、その正しいという事をみんなに理解してもらうことだと私は思っている。

理解は否定的感情を溶かすものだと私は信じているし、みんなに正しさを理解してもらった時、そこに敵などいないはずだと思っている。

 

こうした立場を確保したら、自分のアイデアを形にする過程の中で、常に他人に頼っていることを忘れないようにしましょう。合意を作り上げるためよりも、議論に勝つために時間を費やすと、成功する上で欠かせないサポートを得られなくなることが多いのです。悪魔の代弁者役が板についている討論者型の人達にとって、最も複雑で価値のある知的挑戦は、より感傷的な視点を理解することと、理論や進展に並び、配慮と妥協点を議論することだと悟ることがあるかもしれません。

 

残念ながら、効率を求めるべき場面で感傷的視点を持ち込む人間を理解したいとはどうしても思えない。

ジョジョにも書いてあった。

「納得」は全てに優先するぜッ!!

感傷的な視点を理解し、配慮と妥協点によって得られる協力が、本当の強さ、実効的中身を持っているとは私には思えない。

「納得」である。納得により正しさ、効率性を理解してもらい得られる協力こそが、配慮や妥協によって得られる協力よりも、ずっと信頼に値する、本当の中身を持った協力だと思っている。

私もそうだが、言葉という道具を攻撃に使いがちである。読んだ限りではENTPの人はそうであることが多いのではないだろうか。言葉は相互理解のために使うものだと常に意識していれば、感傷、配慮、妥協などといったくだらない言葉を使わずに、議論によって本物の効率的選択肢へたどりつけると私は信じている。

私に関しては言葉を武器として使わないように肝に銘じるのが一番大事かなと思う。

 

 

INTP、ENTPを読んで、どっちもかなり合ってるなあと思った。ただ、ENTPは常に当てはまってるわけではなくて、オンになってる時だけ当てはまるという感じだった。

プライベートの自分はINTPで、外に出てる時の自分はENTPなのかなと思った。

(仕事場でENTPみたいな人間になるのは理解できるが、プライベートでもそんな感じの人いたらヤバいと思う。絶対友達いない。)

もしかしたら血液型で性格出すインチキ占いみたいに誰でも当てはまるようになってるだけかもしれないが(笑)

 

(このブログは私の言語訓練に用いられます)