「ちょっとすき」という言葉について ~物語は「心の変化状態」~

突然だが、私は「ちょっとすき」という言葉がお気に入りである。結論からいうと、この言葉には必然的にストーリー性がある。だから好き。

というわけで、今回はこの「ちょっとすき」の魅力について語りたいと思う。

 

「ちょっとすき」は、「好き」とも「大好き」とも決定的に違っている。

 

その説明に入る前に少し実験してみよう。

「大好き」という言葉を頭に思い浮かべて欲しい。そして「大好き」から何かストーリーが思い浮かぶか考えてみて欲しい。

思い浮かばなくはないが…どこか大味というか、言葉そのものがストーリーを作り出すパワーには欠ける感がある。

 

では、「ちょっとすき」ではどうだろうか?

「ちょっとすき」を頭に思い浮かべるだけで胸がドキドキするようなシチュエーションが次々うかんでこないだろうか?私が思い浮かべたシチュエーションをいくつか紹介しよう。

 

シチュエーション①

小さい頃からずっと一緒にいて、スキとかってよくわかんないな…って思ってたんだけど、アイツが他の女の子と話してるとこ見て、なんかちょっとヤだなっておもったんだよね。

なんだろ、これって、「ちょっとすき」ってコトなのかな…?

 

シチュエーション②

アイツの事キライだったんだよね。いっつも上から目線で、超オレサマって感じでさ。

なのに文化祭の実行委員でいっしょになっちゃってさ、もーサイアク。

最初はイヤイヤだったんだけど、一緒にやってくうちに意外とイイ奴だなって。ああ見えて優しいトコあるし、結構頼れるし。

今となっては嫌いではないかな?普通かって言われると、うーん…

ま、「ちょっとすき」ってとこかな?

 

シチュエーション③

あっ、この人「ちょっとすき」かも

(細かい部分はご想像にお任せします)

 

と、ハイ。今回は分かりやすさ重視でクッソベッタベタなのを挙げましたけども。(ちょっと恥ずかしい)

分かっていただけただろうか?「ちょっとすき」という言葉は、その言葉だけで既にドラマであり、ストーリーなのである。

 

そして、その言葉だけでストーリーを持つ、心を動かすパワーを持つというのは、珍しいのである。そういう言葉はあまりない。

言葉というものがストーリーを持ち、人の心を動かすには通常、文脈の補助が必要である。文脈がおぜん立てをしてやらなければ、キャラクターが唐突に「大好き」と言っても、読む人の反応は、「は?」で終わりだ。

(文脈のおぜん立てというのは例えば、二人が大切な時間を共有してきたという描写であったり、あの子が飛び立ってしまう空港へダッシュで向かう描写…のような、「大好き」という言葉の「根拠」や「裏付け」にあたるものである。こういう描写があって初めて、「大好き」という言葉は読む人の心を動かす。)

言葉というものは基本的に、裏付けも無しにポーンと、

「大好き」

とだけ出てきても、なんの効果も持たず、人の心には響かない。

 

「大好き」は「ちょっとすき」よりもずっと強い言葉であるにもかかわらず、単体での、人の心をザワつかせるパワーは「ちょっとすき」には到底及ばないのである。

 

では、なぜ「大好き」は単体でストーリーたり得ないのに、「ちょっとすき」は単体でストーリーたりうるのか?

 

それは、「ちょっとすき」という言葉が、感情の変化の状態を表す、「動的」な言葉であるからだ。対して「大好き」は安定の状態を表す「静的」な言葉である。

つまり、「ちょっとすき」は、嫌いや普通や無感情といった感情から、「好き」という感情へ移行する瞬間、言うなればコインの表と裏がひっくり返るその瞬間を表している言葉なのである。

そしてその、「感情の移行の瞬間」、「感情が変化している状態」、英語で言うと「be changing」、これこそがストーリーなのである。変化の状態は人の心を動かすのである。

 

分かりやすくグラフで説明する。

X軸を時間の経過、Y軸を好き具合とすると、「ちょっとすき」、「すき」、「だいすき」の領域は以下のような感じになるかと思う。f:id:liuwusi:20180313024458j:plain

そして、「ちょっとすき」の領域にいるという時点でそれは、決定的な変化の過程にいるという事を意味している。

 

上に挙げたシチュエーション①、「なんだろ、これって、「ちょっとすき」ってコトなのかな…?」をグラフで表すとこんな感じだ。

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面白いのが、グラフの「傾き」は必ずしも重要ではないという点である。傾きではなく、「状態Aから状態Bへの移行」している状態というのが重要なのである。

 

シチュエーション②、「ま、「ちょっとすき」ってとこかな?」も一応グラフにした。

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対して、「大好き」のグラフはこうだ。

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(わざわざグラフを書いたが、伝えたいことを伝えるのに適当なのか不安になってきた…)

 

とまあ、何が言いたいのかと言うと、心の「ある状態A」から、「ある状態B」への移行の瞬間や過程こそがストーリーであり、その変化状態こそが人の心をドキドキさせたり感動させたりするのである、という事だ。

「ちょっとすき」という言葉は「好きではない」から「好き」への移行状態を表しているため、必然的にそこにストーリーが発生する。そのためこの言葉は人の心をザワつかせるパワーを持っているのである。

 

そして、登場人物の心の状態が変化しない物語というのは、ストーリーとして基本的に面白くなりにくい、という事も伝えておきたい。

 

悪い例を挙げると、例えば「なろう系」あたりはどうだろう。

あまり読んだ事がないので憶測でしか話せないが、なろう系のうちつまらないと言われているものは、主人公や周りのキャラクターの心の動きが少ないのではないだろうか?

主人公は意志や感情、価値観を変える事なくずっと一定、周りのキャラクターは主人公が好きなままで感情が一定、AからBへの移行が無い「静的」な状態のまま話が進んでいくと、物語も当然単調となりつまらなくなる。

 

いい例はたくさんある。もともと敵だったキャラが主人公とぶつかり合う中で心を変化させていき、ついには仲間になるorなりそうなところでボスに殺される、的なやつだ。

もっと具体的に言うと、ジョジョの億泰が仲間になるか、ならないかあたりのところ。

しくじって主人公の仗助に倒された億泰は、それに怒った兄の京兆に殺されそうになるが…

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仗助に助けられる。億泰のセリフは「・・・」、心の動きを示す一コマ。

 

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そして仗助のピンチで、「一回だけ」借りを返す。汗は心が動いている証拠。

 

心が動いていて、ちゃんとストーリーになっている。だからちゃんとおもしろい。

他には、ドラゴンボールを読んだ事ないので分からないが、ベジータが仲間になる時も多分こんな感じじゃなかろうか。

 

※追記

私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」

にとてもいい例があったので記事にしました。

liuwusi.hatenablog.com

 

 

長くなってしまったが、そろそろまとめに入る。

読んでいて面白い、ワクワクする、ドキドキする物語には、「心の変化状態」という軸がある。心の変化こそが物語と言ってもいいかもしれない。

そして、「ちょっとすき」という言葉は、それ単体で「心の変化状態」を表しており、ストーリー性を持っているため、大きなパワーを持っているのである。(だから私はちょっとすきって言葉がお気に入り。)

物語を書くには、「ちょっとすき」のような変化をいかに使いこなすかがカギになるのではないだろうか。

 

以上です。ここまで読んでくださりありがとうございました。

 

 

このブログに初めて投稿した記事では「憎たらしい」という言葉について語っていた。もともと言葉について語るためのこのブログだったが、かなり久しぶりに言葉について語った(笑)