「わたモテ」はなぜ再び人気漫画になったのか? ~「モテないし雪の日の学校」から~

過去の記事(一番下にリンク貼っときます)の延長線として、わたモテこと「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」がなぜ最近再び人気になってきているのかを、「物語」の面から分析したい。

 

わたモテの連載は、2013年初めから始まっているらしく、そこから一気に話題になる。

その後2013年7月にはアニメ化と一気に人気漫画街道を駆け上がるが、このアニメが思いのほか爆死…とまでいかなくても、あまりうまくいかなかったらしい。

 

私も当時ちょっと見ていたような気がする。が、正直見るに堪えなかったため、途中で見るのをやめた。クオリティが低いとかでなく、私にとっては少し核心を突き過ぎていたというか…体調がちょっとしんどくて見れなかった。

 

この漫画は生粋の陰キャである、もこっちの学校生活を描いた話なのであるが、はじめの方は、いわゆるギャグマンガであった。

つまり、陰キャのもこっちが陰キャ故に、学校でいろいろヤバい事やらかしてしまうというギャグを描くというのがこの漫画のメインであった。そして、アニメでも主にそのような内容だった。

この時期の内容は、状況から見るに、そこまでは人気が無かったようだ。

もちろんこの時のギャグマンガしてたわたモテが好き!という層も少なからずいたのだが、それらの多くが「陰キャギャグはもういっぱい、さすがにきつい」という事で離れてゆき、あまり大きな支持は得られていなかったようである。

 

状況が変わったのはもちろん、修学旅行からである。

ここで話に大きな変化が見られた。まず目に入るのが新メインキャラの追加である。ゆりちゃんと吉田さんだ。

この部分に目が行きがちだが、実はここでもっと重要な変化があるのだ。

 

それは、「陰キャギャグ」がワントップのメインではなくなったという点である。修学旅行以降も陰キャギャグはわたモテの超重要なポジションを占めているが、ワントップではなくなったのだ。

修学旅行編からの最大の変化、それは、「もこっち&周りのキャラクターの成長物語」とのツートップになったという点である。

 

ただのギャグマンガから、「成長物語ギャグマンガへの変身、これがわたモテが人気を取り戻した最大の要因であると私は考える。

 

ではなぜ、成長物語になると人気になるのだろうか?

 

 

その前にまず、物語とはなんだろうか?

私は個人的に物語を、「『状態A』から『状態B』へ変化する過程」と定義している。

 

『無感情or嫌い』から『好き』へ変化する過程(恋愛物語)

『未熟』から『成熟』へ変化する過程(成長物語)

『大ピンチ』から『勝利』へ変化する過程(ヒーローものや戦記物語)

 

別にA⇒Bだけではなくて、A⇒B⇒Cでもいいし、A、B、Aでもいい。何個でもいい。

とにかく、心情や状況などの状態が変化する過程を描くのが、私の定義する物語なのである。

 

 

そして、「人の心の状態が変化する様」というのは、なぜだか読む人の心を揺さぶるのである。

そのため、成長物語へのシフトで人気が復活したと私は考える。

 

わたモテにおける「心情や状況などの状態が変化する様」を端的に示す事が出来るシーンがそこかしこに散らばっているのが、わたモテでおそらく最も人気がある話の一つである、喪109「モテないし雪の日の学校」である。

この話が私にとって、わたモテにおける最高傑作であるというのは、多分どれだけ話が進んでも同じだと思う。

 

 

・・・ 

 

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大雪で交通機関が乱れてるけど、とりま学校には行ける日の話。

 

 

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学校につくにはつくが、ほとんど誰もいない。状況によっては休校という事で、

 

 

 

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「(よし もう誰も来るな!)」

これはいつも通りのもこっちらしい感じ。

 

 

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しかし思いとは裏腹に、人がちらほら来る。

一限目の国語は図書室で自習となる。

 

 

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そしてこの図書室という舞台を選ぶのが非常にニクい。

「いつもぼっちで(小宮山がいるが)本を読んでいた図書室」と、「にぎやかな図書室」という対比になっており、これが「ぼっちのもこっち」から「なんかちょっと変わってきたもこっち」への『変化』を暗に示しているのである!

ニクい!ニク過ぎる!!

そして同じ図書室にいても、もこっちの置かれる状況はまるで別物である。これも対比。 

 

 

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そこそこ仲のいいゆりちゃんに面白い本がないか聞かれ…

 

 

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今までほとんど接点の無かった陽キャの加藤さんにも聞かれ、

 

 

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吉田さんにも聞かれ。

図書室でぼっちで本を読んでいたもこっちとはまるで別人のようだ。

つまり「ぼっちのもこっち」から「ちょっと変わったもこっち」への『変化』を示しているのだ。このように状態が変化しているからこそ、このシーンは『物語』となり、読む人の心を動かしている。

(紹介する本で人間関係の距離感を示しつつ、ギャグにまでする手腕は圧巻の一言である。)

 

 

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(このシーンでは、まこちゃんからどこか少しだけ自立したような、小さなゆりちゃんの成長が暗に描かれているように私は感じる。)

 

 

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そして、このシーン。

昔、「あいつら事故死しねーかな」とまで思っていた清田クン?に不覚にも笑ってしまうもこっち。

「・・・!!?」

「くそっ・・・!!」

もこっち自身も自分の『変化』に驚き、戸惑ってしまうという…いいシーン。

 

 

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本を紹介したお礼にと、加藤さんにネイルを塗ってもらっちゃう。

これはこれで特別な『変化』なのだが、実は以前(喪106 モテないし最後の冬)にも、もこっちは加藤さんにメイクしてもらっているので、急激な変化というよりは、『修学旅行以降、少しずつ何かが変化していきている』という事もちゃんと表している。

 

 

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いつもと何かが違う、静かな、特別な教室。

それはもちろん大雪だからいつもと違うのだけれど、それだけじゃない。

何よりも、もこっち自身が『変わって』きている。だからいつもと教室が違って見えている。

大雪という舞台設定で教室にドカンと大きな『変化』をもたらすことによって、実はもこっちが少しずつ、修学旅行から時間をかけて『変化』していた事を、もこっち自身にふと自覚させるという話の作りになっている。

 

 

 

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からのラスト!!

雪で午前中で学校が終わり、

「じゃあ無理して(学校に)行く必要なかったわね」

「うん・・・」

「(行かなきゃよかった とも思わないけど・・・・・・)」

 

ハイ!キマりました!!完璧ガンギマリです!!これはKOです!!!

なんと繊細な成長物語の表現か!かつてここまで繊細に『小さな成長』を描けた漫画があっただろうか!

 

この話を読んで分かっていただけただろう。

『状態の変化』、つまり今回の場合で言うと、「ぼっちのもこっち」から「何か違うもこっち」への『変化』・『成長』は、読む人の心を大きく動かすパワーを持っているのである。

そんな変な難しい事は言ってはいない。ごく当たり前の事を言っているに過ぎない。

 

(この話を最後に「もこっちの」成長物語にはひと段落ついたという、節目の一話であるというのが私の考えだ。

「成長物語」という割にはずいぶんと小さな成長である。ほんの一歩進んだ程度だ。しかし、この一歩進むのがとても重要であり、その一歩だけで物語としては十分完結しうるというか、ひと段落つきうるのである。)

 

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もちろんこの時の陰キャギャグにもキレがあり十分面白かった。

しかし、それだけでは「ぼっちのもこっち」→「ぼっちのもこっち」と変化がなく、いずれはマンネリ化してしまうのだ。

 

 

結論

この話に象徴されるように、修学旅行以降のわたモテは、陰キャギャグという側面に加えて、『もこっちや周りのキャラクターの成長物語』という側面をも持つようになった。

そして、『成長』とはすなわち「『未熟』から『成熟』への状態変化の過程」であり、『変化』=『物語』は読む人の心を大きく揺さぶる。

こういった理由で、わたモテは再び人気漫画になれたというのが私の考えである。

 

なお、成長物語の弱点として、主人公が成長してしまうと行き詰るというところがある。

しかしわたモテの場合、もこっちだけではなく、ゆりちゃん、ネモ、うっちー、小宮山などといった、もこっちを取り巻く他のキャラクターの成長や恋愛(恋愛は「普通」から「好き」への状態変化)を群像劇として描く事によって、変化の行き詰りを回避している。

 

 

↓物語=心情の状態変化という事を説明していた過去の記事

liuwusi.hatenablog.com